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テクノロジー×データ分析で強い組織をつくる方法とは? 【イベントレポート】

2019年2月19日、スタートアップやベンチャー企業がHRのナレッジをシェアするイベント「TeamUp Developers LAB」の第2回が開催されました。好評に終わった第1回に続く今回のテーマは、「テクノロジー×データ分析で強い組織をつくる方法とは?」。株式会社メルカリで活躍するピープルアナリティクスの専門家に語っていただきました。

登壇者紹介

友部 博教 氏
株式会社メルカリ People Growth & Analytics 博士(情報理工学)
2004年に東大で博士号(情報理工学)取得後、名古屋大学、産業技術総合研究所で研究に従事。2008年より東大で助教として研究・教育に従事する傍ら、webベンチャーを立ち上げ人物検索サービス「SPYSEE」をローンチ、研究開発の統括を行う。2011年にDeNAに入社。アプリ・サービスやマーケティングの分析・コンサルティング部門の部長を務めた後、2017年よりヒューマンリソース本部へ異動、ピープルアナリティクス部門の立ち上げを行う。2018年10月メルカリ入社。現在、同社内のピープルアナリティクス機能の体制構築に従事。

ピープルアナリティクスとは?

ピープルアナリティクスとは、抽象的に言うと、人事データを分析することにより組織の課題を解決に導く手法のことをいいます。

一般的にピープルアナリティクスというと、「これから半年間の退職率予測」「今後活躍するポテンシャルのある従業員の発掘」「チームの成果を最大化する組み合わせを見つけるチームマッチング」といったことを期待されがちですが、実はこれらが簡単にできるほど素敵な世界ではなく、それ以前の段階の環境が整っていない場合も多いというのが現実です。

実際に退職率を出そうと思ってもデータがなかったり、退職率予測を出したところで対策ができなかったり、ポテンシャルのある従業員を発掘できたとしても育てる環境ができていなかったりと、次のアクションにつながらないといったこともあります。

人事データ分析の具体的な業務内容

まずは、ピープルアナリティクスとしてどのような業務を行っているか、人事データ分析業務の全体像をおはなししていきます。人事データ分析業務は、主に5つのステップにわけられます。

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1.データの収集と蓄積

まずは、従業員についての様々なデータを取得します。サーベイ・アンケートをとったり、面談のテキストデータをとったり、センサーデータをとったりといった手段でデータを集めます。

2.データの集約・統合

特に大きな会社になると、HRファンクションごとに異なるツールを使っているため、それらのデータを集約・統合して、きちんと分析できる環境を整える必要があります。

3.集めたデータを可視化

データを集約・統合したら、そのデータを、施策や分析の仮説がひらめきやすいような見せ方に加工します。全体数字の推移がわかるようにグラフ化して可視化したり、カオナビなどのタレントマネジメントシステムを導入したりして、社員が使えるようにしていきます。

4.分析(ピープルアナリティクス)

ここでいよいよ分析という段階に入ります。整理したデータを元に、様々な角度から分析します。

5.施策の実行

分析データを使って、施策を実行していきます。人事の場合は、たとえば福利厚生や人事異動、組織編成などの施策を実行し、振り返りができるようPDCAサイクルを作ります。

人事分析に関するデータの種類

人事に役立つ何かを発見しようというときには、施策を立てたり分析をしたりするのに必要なデータを収集します。データには、大きく次の3種類があります。

- 従業員が意識的に入力するデータ
- 従業員が無意識のうちに収集しているデータ
- 各HRの業務に必要なデータ

「各HRの業務に必要なデータ」とは、たとえば人事労務で必要な住所・家族構成や採用のデータなどのことをいいます。分析に使われるデータには、「従業員が意識的に入力するデータ」「従業員が無意識のうちに収集しているデータ」の2種類があります。

従業員が意識的に入力するデータ(サーベイ・アンケート)

従業員が自ら意識的に入力するデータには、パルスサーベイや、人事施策を打つために集められるアンケートなどがあります。サーベイ・アンケートは、組織や会社で顕在化している問題の把握や、その定点観測に有効という点で強力なツールです。アンケートの作成というと、Googleフォームを使って簡単に作れるイメージがあるかもしれませんが、実はうまく活用するには工夫が必要です。

サーベイ・アンケートの設計には工夫が必要

たとえばアンケートを5段階で回答する形で作ると、全部3を選ぶなど真面目に答えない人が出てきてしまいます。だからといって真面目に答えるようにサーベイを増やしすぎると、その人たちに負荷がかかります。

また、従業員がアンケートに答えるときに、それが何の役に立つのかが見えないと回収率が悪くなってしまうため、定期的に運用するためにはアンケート結果をすぐにフィードバックするといった対応が必要です。

さらに、設問の聞き方や設計の仕方によって回答の傾向が変わってしまうので、誘導尋問のようにならないようにするなどの工夫も必要です。マーケティング・リサーチの知識がある人が社内にいれば、その人の力を借りることでうまく設計することができるでしょう。

サーベイ・アンケートでとっておくと良いデータ

サーベイ・アンケートを実施する際には、eNPS(Employee Net Promoter Score)のデータをとっておくと分析する際に役立ちます。eNPSとは、マーケティングで使われているNPS(Net Promoter Score)を従業員のロイヤルティやエンゲージメントに活用することを目的にして取得するデータです。

「あなたの会社を他の人にすすめるとしたら、11段階でいくつをつけますか」という設問を出し、次のように位置付けます。

9点、10点をつけた人:推奨者
7点、8点をつけた人:中立者
6点以下をつけた人:批判者

推奨者と批判者の割合を引き算したスコアがeNPSの値です。

サーベイ・アンケートのデータのマッピング

組織を運営していると課題がどんどん出てきますが、全てに手を出すと業務過多になってしまいます。そこで重要になってくるのが、課題をマッピングするという作業。それにより、優先順位を決めて課題解決をしていくことが可能になります。

従業員が無意識のうちに収集しているデータ(センサーデータ)

センサーデータとは、たとえば次のような方法で取得するデータのことをいいます。

- カードキーなどでの入退室記録をとる
- ビーコンを仕込んで、誰がどの位置にいるかといった位置データを取得する
- 従業員にセンサー・デバイスをつけてもらって、位置情報や、誰とコミュニケーションをとったかといったデータを取得する

センサーデータは、話しているときや歩いているときなど、人がデータを取られていることを意識していない状況(無意識)で取得するデータです。しかし、センサーデータの有効なツールがあるものの、データを取得してもそれをどのように活用したら良いのかわからなかったり、人事に分析できる人がいなかったりということが起こりがちなので、まずはサーベイ・アンケートをきちんと設計して作っていくことの方が重要になるでしょう。

KPIの設計

分析の全体像(そもそも分析とは?)

事業会社での分析とは、課題を解決して新しい施策を実行し、その効果測定をすることだと思っています。具体的には、次のようにして課題設計をしていきます。

1.あるべき姿(サービスの売上がこういう状態になっている、お客さんがこういう状態で盛り上がっている、アクティビティができている、等)に対して現状がどうなっているかを計測する。
2.あるべき姿と現状の差分から問題点を発見する。
3.それを課題として分析、解決し、具体的な手段に落としていく。

これは、サービス、事業にかかわらず同じです。

改善のフロー

また、分析をして施策を改善していくフローも同じです。

1.現状を把握して目標とのギャップや課題を出す。
2.解決策を考える。
3.具体的な施策を実行する。
4.結果を振り返る。

定量的に評価するためにKPIを設計する。ここでKPIが悪ければ、もう一度解決策を検討して施策実行するということを繰り返し、より良い施策を作っていきます。

人事業務における分析で難しいこと

人事業務において、「現状を把握する」「あるべき姿を作る」「KPIを設計する」というのは、比較的難しい作業だと感じています。そのなかでも特に難しいのは、「あるべき姿を作る」こと。逆に、あるべき姿が固まればKPI設計ができるようになります。

あるべき姿が固まらず曖昧になってしまう場合は、具体的にあるべき姿である従業員を一人思い浮かべるとわかりやすくなります。具体的な従業員を思い浮かべ、その人がなぜ良いのかを分解し、そのようになっている従業員がどれくらいの割合いるかということをKPIとしてとっていくと、改善につなげることができます。

あるべき姿を作る手段

あるべき姿を作る際には、大きく2つに分けて考えていきます。

人事の立場でのアクション(組織開発ベースで何ができるかを考える)

分析をしたら、その後アクションを起こすことが重要です。分析をしてもアクションできなければ意味がないないため、最終的に何らかのアクションを起こせる状況を作って行く必要があります。人事に関わっている人ができるアクションは、次のように組み立てられます。1.体制戦略:事業経営に必要な人員(何人必要、どういうスキルが必要、いつまでに必要)の戦略を決める2.配置・配属:その戦略が決まったら、それに必要な人材を集めて採用したり社内から異動させたりする3.業務遂行:業務を遂行するために、環境を整える(やりがいのある環境を作る、集中を阻害する要因をなくす)4.育成:中長期的な戦略として、メンバーを育てて戦力にするただし会社の規模やフェーズによって状況が変わるため、それに合わせて今できるアクションと戦略を考えていく必要があります。

従業員の立場でのフェーズ推移(エンプロイー・ジャーニー・マップを作成する)

次に、従業員から見たときにはどのようなフェーズがあるのか、いわゆるエンプロイー・ジャーニー・マップを考えていきます。エンプロイー・ジャーニー・マップの作成にあたって自分たちが考えている施策や戦略がどういう姿であるべきかを描いていくことで、分析のもととなるあるべき姿を作ることができます。エンプロイー・ジャーニー・マップでは、採用から卒業までを描いていきます。

1.応募・採用:自分の能力をいかして活躍できる会社だと感じているかどうか
2.配置・配属:自分の配置に対して腹落ちしているかどうか
3.業務遂行:やりがいを持って能力を発揮できているか
4.育成:自分の将来のキャリアを考えられているかどうか
5.評価:評価に納得できているかどうか
6.卒業:都合でやめることになってもこの会社での経験は良かったと感じていて、機会があれば戻ってきたいと思っているかどうか

このように、人事や従業員ベースで全体感を把握したうえで、どういう状態であってほしいかというのを明確にすることによって、あるべき姿を作っていきます。

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人事データの可視化の事例

人事データを可視化すると、それは強力なツールになります。以前、IT化により人事は不要になるのか、それとも今後も「人事のKKD(勘、経験、度胸)」は必要なのかという議論をしたことがあるのですが、私は、現時点ではまだデータや人工知能が「人事のKKD」まで達することはなく、そのデータや人工知能を使って出てきた結果を人事の人に見せることにより、すぐれた仮説を立てられたり、理解を深めたりすることができるのではないかと考えています。

ここで、いま私が取り組んでいる事例を2つご紹介します。

HRダッシュボード

人事の各種数いの推移を見られるダッシュボードを作成します。それを人事の人に見てもらい、そのなかから出てくる着想から新しい数値を作ったりKPIを作ったりしていくということを行っています。数字のリテラシーがあるかないかにかかわらず、いろいろな数字を見られるようにしています。

ネットワーク図

人と人とのネットワークやつながりを見せるネットワーク図を作成します。たとえば、従業員間のコミュニケーションをネットワーク図で表現し、人事でコミュニケーションを活性化しようとしている人がそれを元にしてディスカッションしながら新しい仮説を出すということを行っています。

たとえば、誰と誰が一緒に食事に行ったというデータを集め、それによって、どの部署とどの部署につながりがあるかというのをネットワーク図にあらわします。それを人事の人が見て、「この部署とこの部署がつながっていない」「この人とこの人は仲が良いように見えるけれどなぜそうではないのか」といった様々な仮説を出していきます。そこから、それを補う必要があるのかといったことを議論していく、といった使い方をします。

まとめ

人事におけるデータの収集や活用について、体系だてて解説していただきました。人事におけるデータ分析では、データ収集、KPI設計が重要で、かつ難しいファクターになっています。分析におけるポイントは、あるべき姿と現実のギャップを見つけること。人事でのあるべき姿を決めるためには、全体を把握することが重要です。

TeamUp Developers LAB」は今後も開催される予定なので、興味がある方はぜひ次回参加してみてください。